南洋真珠とは?


 南洋真珠とも呼ばれる白蝶真珠は、
オーストラリア・インドネシア・ミャンマー・ フィリッピン・タイなどに多く、
特にオーストラリアとインドネシアで90パーセント以上 生産されています。
白蝶貝は、オーストラリア付近に多く生息し、
大型で12mm以上の銀白色やブルー系 の大粒真珠を生み出すシルバーリップ種と、
インドネシア付近に多く生息し、小型で 11mm前後の
ゴールド系・クリーム系・シルバー系の真珠が生まれるゴールドリップ種 の
2種類に大別できます。
まだ生産量も少なく効果ですが、
今年(平成十二年)のインドネシア産の浜揚げは 順調で、
価格もこなれてくるかもしれません。
熱帯地方に分布している白蝶貝は、
亜熱帯である奄美大島の自然界では棲息していません。
奄美の白蝶貝は、この苛酷 な環境のため成長が遅く、
熱帯より1年長い3年間大事に育てられます。
熱帯地域の貝の半分ほどの大きさにしか成長しないのですが、
緻密な真珠層を持っています。   
真珠養殖・その誕生の歴史  
1893年・世界初の半円真珠養殖に成功。
伊勢の鳥羽に生まれ育ち、うどん屋を代々の生業としていた御木本幸吉翁。
彼はかねてより海女によって採取されてきた天然真珠に興味を持ち、
何とかこれを養殖で作れないものかと思案。
時の東大教授・箕作氏よりのアドバイスを受け、
試行錯誤を繰り返した後、ついに1893年、
鳥羽・相島にてアコヤ貝による半円真珠の養殖に成功しました。  
1930年・真円真珠の養殖技術が確立される。
以後、完全に球体に近い真円真珠の養殖に向けてさまざまな努力が繰り広げられましたが、
結局は幸吉翁の娘婿にあたる西川藤吉がその技術を確立。
アコヤ貝の外套膜の一部を小さく
切り取って別のアコヤ貝の体内に核とともに挿入する方法から、
「ピース法」と名づけられました。
明治〜大正・地まき養殖から効率の高い垂下養殖へ。
真珠養殖が始まった当初、核を挿入した貝は再び自然のままに海底に戻して
養殖されていました。ところが、この方法だと貝の天敵であるタコやヒトデ、
さらには赤潮などによる被害をたちどころに被るという問題点が発覚。
そこで、明治末期〜大正時代にかけて、そうした被害に対処するべく、
養生かごをいかだにつるして養殖する「垂下養殖」が開発されました。
現在の真珠養殖場の風物詩ともいえる、いかだの並ぶ風景は、
この時代に生まれたものなのです。

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